東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)126号 判決 1970年7月29日
神奈川県鎌倉市扇ケ谷東佐助一丁目二番二号
原告
山口昇一郎
右訴訟代理人弁護士
片山繁男
片山和英
神奈川県藤沢市朝日町一丁目一一番地
被告
藤沢税務署長
稗田博
右指定代理人
青木康
須藤哲郎
藤沢保太郎
中島啓典
太田正孝
右当事者間の法人税更正決定処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当時者の申立て
(原告)
「被告が原告に対し昭和四〇年三月五日付でした原告の昭和三六年分所得税の更正処分のうち確定申告額をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二、原告の主張
(請求の原因)
原告が昭和二六年分所得税について所得金額一〇二万五、〇七三円税額六万三、九五一円と確定申告したところ、被告は、原告には同年中に別紙目録記載の土地(底地部分)の譲渡所得があるとして昭和四〇年三月五日付で、所得金額を二九三万六、九四三円、税額を六九万三一〇円と更正し、あわせて過少申告加算税額三万、三〇〇円の賦課決定をした。
しかし、原告には被告主張のごとき譲渡所得は存在しない。もつとも、原告は、合名会社山口吉兵衛商店の代表社員であつて、同社が経営不振に陥り、昭和三六年九月多額の負債を生ずるにいたつたので、同年一〇月一〇日その債務を弁済する目的で、原告所有に係る別紙目録記載の土地を整理委員会に提供したところ、同委員会の代表者であつた三共株式会社が右土地につき、自己のために昭和三六年一〇月一〇日受付、売買を原因とする所有権移転登記を経由した事実はあるが、事実かかる売買が行なわれたものでないのはもとより、原告が合名会社山口吉兵衛商店に対して右土地を売却したこともないのであるから、原告が売買代金相当額の譲渡所得を取得するいわれはない。仮りに、右の提供が適法な代物弁済に該当し、これによつて原告が合名会社山口吉兵衛商店に対する求償権を取得したことになるとしても、会社は、右の代物弁済にもかかわらず、なお債務超過の状態にあつて、到底原告の求償権の行使に応じられないこと明らかであるから、右求償権も、課税の対象となりえないものと言うべきである。
(昭和三六・七・二〇直所一-四七通達参照)
三、被告の主張
(請求の原因に対する答弁)
原告主張の請求原因事実のうち、原告が別紙目録記載の土地を他に譲渡した事実がない点は否認するが、その余の主張事実はすべて認める。
(主張)
合名会社山口吉兵衛商店は、昭和三六年一〇月一〇日別紙目録記載の土地をその上に存在する建物と一括して代金四、五〇〇万円で三共株式会社に売却し、その売買代金で会社債務を弁済しているが、調査の結果、右土地は、原告の所有であつて合名会社山口吉兵衛商店に賃貸していたのを、原告が同会社に代金四二五万四、〇〇〇円で売却し、所有権移転登記は、中間省略によつて原告から直接三共株式会社に対してなされたことが判明し、また、右土地(底地部分)の売却代金の額も、自用地としての価額が四、二五四万円で、借地権割合いを九割とみれば、借地権価額が三、八二八万六、〇〇〇円、それに建物の評価額が二四六万円であるので、前記一括売買代金から借地権価額と建物価額を控除した金額に相当し、妥当であるので、本件更正処分および賦課決定は、適法たるを失わない。
仮りに、前記土地が会社債務の代物弁済として直接三共株式会社に提供されたものであるとしても、これによつて原告に求償権なる前記金額と同一の譲渡所得が生じているのであるから、課税の関係においては、右土地が会社に売却された場合となんらの変更をきたすものではない。もつとも、合名会社の無限責任社員が会社の債務を代物弁済した場合においては、会社に対する求償権の行使が不能であれば、これに対して課税しえないことはいうまでもないが、合名会社山口吉兵衛商店は、昭和三六年九月期において純財産一億二、三九四万六、八八三円、昭和三七年九月期において純財産一億一、七八〇万八、八二五円を有しており、また、日本橋室町二丁目六番地にある建物約三七坪、(約一二二・三一平方メートル)および土地約五七坪(約一八八・四二平方メートル)を利用して駐車場を経営し、相当の収益をあげているのであるから、原告に対する求償債務の弁済能力がないとはいえない。
第四、証拠関係
(原告)
甲第一、第二号証の各一、二、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし三、第七ないし第九号証を提出し、証人高橋庄司、浜田巌、美濃正英の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第三、第一〇、第一五号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。
(被告)
乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし八、第七ないし第一二号証、第一三号証の一ないし九、第一四号証の一ないし三、第一五ないし第一七号証、第一八ないし第二三号証の各一ないし三、第二四、第二五号証を提出し、証人河野栄二の証言を援用し、甲号各証の成立は認める。
理由
被告が原告の昭和三六年分所得税につき、原告には別紙目録記載の土地(底地部分)の譲渡所得があるとして、本件更正処分および賦課決定をしたことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第三、第四号証、乙第二、第一二、第二四、第二五号証証人河野栄二、浜田巌の各証言及び原告本人の尋問の結果(但し、後に記載する措信しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、山口吉兵衛は、個人で薬品、化粧品等の販売業を営んでいたが、これを会社組織に改め、昭和七年一〇月一〇日合名会社山口吉兵衛商店が設立され、同人の死後その孫である原告が代表社員となつてその経営に当つてきた(以上の事実は、当事者間に争いがないか、原告の明らかに争わないところである。)ところ、昭和三二年暮ころから経営不振に陥り、昭和三六年九月二日現在で約五、〇〇〇万円の負債を生ずるにいたつたので、会社の債務を弁済するため、原告は、その所有に係る別紙目録記載の土地を、また、会社は、その上に存在する自己所有の建物をそれぞれ整理委員会に「提供」することとし、同年一〇月一〇日会社と整理委員会の代表者をしていた大口債権者たる三共株式会社との間において、右土地を建物とともに一括して代金四、五〇〇万円で売り渡す旨の契約が成立し、土地については、原告から直接三共株式会社に対する中間省略の所有権移転登記がなされたこと、そして、右土地の「提供」は、法律的には、合名会社山口吉兵衛商店の当期の決算報告に、原告に対する同土地の未払代金として四二五万四、〇〇〇円が計上されており、該金額は、本件更正処分および賦課決定にあたつて右建物の価額を二四六万円、土地の自用地としての価額四、二五四万円、借地権割合い九割、したがつて、借地権価格を三、八二八万六、〇〇〇円と評価し、その評価の適法性を否定するに足る証拠はないから、これを是認すべく、右算定方式に従えば、正に、右土地の底地価額に相当するので、原告と合名会社山口吉兵衛商店との間における売買であろうことを認めることができ、右認定に牴触する甲第八号証の記載部分および証人高橋庄司、原告本人の各供述部分は、前掲諸証拠と対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
されば、被告のした本件更正処分および賦課決定には原告主張のごとき暇疵はなく、原告の請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 渡辺昭)
(別紙)
目録
東京都中央区日本橋本町二丁目五番八
一、宅地一一四・三八平方メートル(三四・六坪)
同所所在家屋番号同町三三番
鉄筋コンクリート造陸屋根屋上階付三階建
一、店舗兼事務所 一棟
各階八六・七七平方メートル(二六・二五坪)